酵素玄米のブログ

長岡式酵素健康法の講師をしています。玄米と小豆と塩と水。これらによって酵素を生み出し体内にとりいれる健康法。「酵素玄米を食す健康法」によって多くの方が病から解放へと向かっておられます。

食事と健康の繋がりについても

●劣化する人間の身体

若いころは、これからどんどん開かれてゆくような、未来が開かれるような希望を持っていました。
何かができる。また、素敵な出会いが待っている。そんなワクワク感が「若さ」にはあったなぁ…と思い出します。
しかし、40代、50代となると、性的にも少しづつ中性化し始めます。
男は攻撃性や支配性が薄れ、女性は強くなってきたり、また、容姿も、おじさん、おばさんになりますね。
お子様をお持ちの方は、大人へと成長する子供と引き換えに自分の衰え、老化を感じるものです。

そんな中でも、食生活の豊かさにより、どんどん身体は劣化するものです、現在の食文化は美味しいものが安価に手に入り、昔の殿様や王様のような食生活が一般庶民のものになりました。つまり、殿様や王様のように太った人が多いです。

美味しいもののほとんどが栄養価が高く、油、糖質、等々に加えて、アルコールやたばこ、コーヒーなど嗜好品も加わり、刺激が強いモノをますます好み、身体はどんどん劣化します。それは、口と身体にズレがあるからだと思います。身体が欲していないものを口が求めるからです。20歳の頃と40歳、50歳の体重の差に10キロ以上の差がある場合は注意です。筋肉もりもりで体重が増えているのなら別ですが…。

現代の社会の中では太らざる得ない要因があり、太ることは無駄な代謝を起こしていると言えます。
たとえば、処理しなくともよい仕事を身体の中で日々しているようなものです。処理しなくともいい残業をして、さらにまだその仕事をやり残しているのが肥満。どんどん、仕事が溜まる。つまり、摂らなくともよい食事をして、その処理に追われるのが現代人の悲しみと苦しみです。その悲しみの原因は、食べることが大好きになることが原因なのです。その悲しみと苦しみの主体者は身体なのです。その加害者は「私」という表面意識(日常意識)は、ただの三文グルメです。
美味しいものに目がない三文グルメの被害者がその人自身の身体であるということです。それに、加えて、薬漬けの医療により拍車がかかります。

●劣化する人間の意識

私は常々お伝えしていますことに、大自然の中に生かされているのが人間社会です。
でも、その人間社会を構成している一人ひとりは、社会に依存はしていても、自然に依存している感覚が非常に希薄です。むしろ、自然など、征服したかのように思っています。それは、とんでもない錯覚です。自然界のシステムを科学技術によって、好きなようにできるとの錯覚に陥っています。
遺伝子の組み換えや、食品の添加物、…さらに、森林伐採、大気や海洋の汚染は危機的になり、種の絶滅、砂漠化、食糧危機、と…人類が生き残れないところまで追いやられているようです。そのことを事実のレベルでどれほど私たちは知っているでしょうか。
豊な日本。貧しい国々から経済的搾取をしていますし、日本が搾取されつつあるとの危惧もあります。
いろんな危機的な状況がある中で、目の前の仕事に追われ、日々の経済に追われ、自分の将来、家族のこれからに追われています。ストレスが加わると代償行為として食に走りやすいものです。問題や試練はつらいものですし、見たくないもの。そして、どこかでストレスになると食べるという逃げ場を持ってしまう私たちです。

試練は呼びかける。

身体が病弱になり、薬をもらいに病院にゆき、実際になんらかの病気になり、病気になれば、気持ちも落ちるものです。
そんな中で、多くの方が医療行為だけでなく、玄米食や野菜を中心とした食生活が見直されたりします。
何か、本来的な食生活を、何かあるべき食生活があるのでは…。そのような想いで私の講習会に参加される方もおられます。
また、家族の病気のために食生活を整えたいとの思いへと導かれるものです。
その出発点は、このままでいいのか。このままではいけないという試練。危機意識です。その危機感からより、本来的な真実を求めるのが私たちです。ある意味、問題や危機は、現状から、より本来的な道を探すことを呼びかけられているのです。自分の現状を知り、あるべき未来を探し始める大きなきっかけが試練の中にあるということではないでしょうか。
食生活だけにとどまらず、人間関係。仕事の難題。家族の病気。私たちの身近には多くの困惑があります。その困惑から目をそらしたくなりますが、迎え撃つしかないようです。
「試練は呼びかける」「危機、不安は呼びかける」そのような、方々と共に、食事の改善から多くのことを学ぶのが、長岡式酵素健康法であります。単なる食事改善でなく、人間の身体が自然と密接につながっていること。酵素の不思議にまで体験的な理解へと導かれるものなのです。まさに傑作健康法がここにあるのです。

幼いということ。若いということ。

「幼さ」や「若さ」とは何でしょうか。
その特徴って、いったいなんでしょうか?
それは、「なまいき」ということではないでしょうか?

なんの努力もしていないのに、偉そうにものを言う。
親に面倒みてもらっている身分なのに、親を馬鹿にする。

反抗する。
「反抗期」は、誰もが成長の過程で経験されているでしょう。
思い出すのも恥ずかしい…ということもしてきました。


私たちの社会も、反抗期のようなときを今迎えているのではないか…と思うのです。
自然を征服したり、支配したような気持ちに社会全体がなっているのではないでしょうか。
つまり、科学は万能でこれからもさらに発展し私たちを幸せにしてくれるような幻想。

現代人にとって、よるべき考えは科学。科学的であるか?どうか?問われます。
この科学はまだまだ未発達です。とても、未発達な部分があると思うのです。

私たち人間は、明日の準備をします。昨日、今日の振り返りをして明日の準備をします。
次のスケジュールを構築してその時を迎えます。

過去→現在→未来

過去を振り返り未来を想像し、創造するのです。
今必要なものを、未来に向かって青写真を描き、創り上げます。
創ったら、さらに足りないところや良いところを見出し、更に新しいものを生み出します。
これが人間の文明の核となっているはずです。

しかし、私たちは自然界にそれがないと考えているのです。
自然はただのもの…と、考えているのではないでしょうか。
自然は偶然の産物であるとの考えがそれです。

これは、どこか親を小バカにする子供のように思えるのです。
私たちは、私たちの生みの親である大自然に畏敬をいだき
学ぶときが来ているように思えてなりません。

食糧危機や資源の枯渇、種の絶滅による人間存在の危機。
大自然の一部である身体もカンタンに考えている。
地球上の自然が大自然なら、私たちの身体は小自然かもしれません。
親をそろそろ、尊敬しないといけないときが来ていると思うのです。


ブログのパスを紛失!また、ブログ始めます。

ブログのパスワードを紛失してと仕事の忙しさにかまけてしまい。
長い間、ブログをほっておきました。
これからもブログを書いてゆきます。

酵素について私の持論を展開しています。

酵素の説明 「見ようとしないと見えないもの」

●表現と主張

とても当たり前のことを言います。

「私たちは、表現しているものしか見ることができません」

「その表現をしているモノの背景には、意志があります」

「その表現の主体者の主張。また、無意識の意図です」

「見えているモノには、それを生み出すな意志があります」

「その意志は、見ようとしないと見えないものです」



見えるから存在を認識できます。ここまでは、だれでもしていることです。もう一つの次元、「意味」や「願い」は尋ねることがないと全くわかりません。その存在の意味、その場にいる理由は、とても認識しにくいものです。



●目の前の、モノの存在の理由を考える(例1)
目の前に、美味しそうなケーキがあります。なぜ、存在するのか?
・ケーキを作り消費者に喜んでもらいたい…ケーキ屋さんの心がそれを作り出しているのです。



なんと、あたりまえのことを言うのか…と思われているでしょう。

そうです、この一歩だけ踏み込む洞察が必要なのです。

この洞察によって、酵素の真意がわかってくるのです。




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げんたく (撮影2011.06.11)

Author:げんたく (撮影2011.06.11)



原田たかひで:酵素玄米ご飯を紹介した友人、知人に起る奇跡のような好転の数々。生活習慣病、その他、さまざまな病気にお悩みの方に、このブログを通してお伝えしたいです。この健康法は傑作健康法なのです。





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電話:090-1077-9819





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